いのちよおどれ。

自分を知ることは、いのちを知ること、つまり、真理を知ること。

「誰にも理解されない」と思ったときは

「誰にも理解されない」 
 
そう思ったときほど 
 

 
しずかに 
自分と語り合うときだと 
わたしは思います
 
 
 
 
できれば 
テレビのような人工的な音は 
できる範囲でいいので 
しばらくの間、オフにしてみてください 
 
 
  
人の生活音は
たぶんオッケーだと思います 
 
 
鳥のさえずりや 
風のざわめき 
となりの部屋で家族が生活してる音
ときには外の車の音も 
 
 
なんとはなしに 
耳に入ってきてしまうように 
 
 
それがあるほうが
おそらく自然な日常なのですが 
 
 
 
ただ、もしも 
それが気になりすぎるのであれば 
 
 
自分のために 
ひとりになれる 
できるだけしずかな時間と空間を 
自分自身にプレゼントしてみてください 
 
 
 
 
なに言ってるの? 
いそがしくて、そんな暇ないわよ! 
 
  

そう感じるひとも 
いるかもしれませんが 
 
 
  
 
あなたが 
いちばん対話したがっているのは 
ほかの誰でもない
あなた自身です 
 
 
 
 
「わたしは、誰にも理解されない」 
 
 
そう思ったとき 
 
 
いちばん悲しいのは 
「誰にも」のなかに
自分自身が入っているということです 
 
  
 

「わたしは、わたし自身にも理解されていない」 
 
 
 
それはとてつもない悲しみです 
  
 
もちろん
無意識的に、なんですが 
 
  

自分の存在を、自分で拒絶する 
そんな自分のふるまいを感じるのは 
ほんとうに、つらいものです 

 

 

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そして 
わたしは思うのです 
 
 

たとえ 
誰にも理解されなかったとしても
わたしはわたしの味方だ 
 
 
 
こころの深いところで
そう思っているひとは
とても強い
 
 
 

わたしは 
 
 
そういうひとを 
増やしていきたいと思う 
 
 
 
なぜなら 
 
 
そういうひとは 
 
 
  
一瞬たりともととどまらずに 
刻一刻とうつりかわる 
外側の状況に
ただ自動反応するだけでなく 
 
  

内在するチカラ 
可能性、というのかな? 
自分で未来を生み出せることを
信じることができるから 
 
 
 
そういうひとが 
自分自身をうごかすことができて 
 
 
だからこそ 
人を、世界をも、うごかすことが
できるんじゃないかと思うのです 
 
 
 
わたしは 
わたし自身をうごかすのに 
まだまだ 
四苦八苦してるものの 

 
そこに向かう道は 
なかなか楽しいものです 
  
 

「誰にも理解されない」 
 
そう思ったときほど 
 
  

わたしは 
もっともっと 
わたしを理解したいなぁ 
 
 
わたしは 
わたしとタッグを組んで 
より大きなわたしに
なりたいもんだなぁ 
 

そんなふうに思うのです 
 
 
  
まる◎

 

 

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