いのちよおどれ。

自分を知るとは、いのちをしること。つまり、真理を知ること。

欲しいのは、静けさ。

 

最近、逢う人逢う人が口にする。 

 

瞑想

ヨガ

断食

デトックス 

 

・・・その他もろもろ。 

 

 

わたしね。

こころの学びを本格的に初めたのが2009年夏

ってことは、7年前!!

 

・・・しばし遠い目をしてしまう。 

 

えっとね。

その当時、カウンセリングとかスピリチュアルとか

瞑想とかは、もうほんっと市民権を得てなかった!

少なくとも、わたしの周りの世界では。 

 

だってね。2008年のはじめに、わたしはベトナムから帰国して

意を決して、心理学のセミナーに行ってみたのよ。 

 

その時、「もし、知り合いがいたらどうしよう?」

「そして、病んでると思われたらどうしよう?」

って、かなりドキドキで会場に行ったのを覚えてるもの。 

 

まぁ、それがよ!

2016年6月の今現在がどうかっていうとさ。

ずいぶん、違うよ。 

 

わたしは正直、心理学を極めたなんて未だ言えないレベルだけど

自分を探求することが、ただただ楽しくてここまで来てしまった。

 

 

でね。

 

今、みんなが口々に言うメソッド。

それが目指してるところは何かっていうとね。

 

こころの静けさなの。 

 

それくらい、日々こころがざわざわしてるんだ。

 

隙間なく、どーでもいい情報が入ってきて

わさわさわさわさする。

 

それ、80%は あなたの人生にいらんもんやけん!

 

と、わたしが叫んでも、あんまり効き目がないくらい

ノイズだらけの世界で、人は生きてる。

 

人は、こころ穏やかに生きたいんだ。

 

 

あーーーー。

こういうこと書くと、批判してるように感じる人も

いるかもしれないけど、わたしの意図はそこにない。 

 

自分がね、ほんとにほんとに欲しいものって

いったい何なんだろう? 

 

って、自分に問うには、静けさが必要なんだ。

ワクワクを感じるための、静けさとも言える。 

 

 

使い古された言葉かもしれないけど

答えは自分の中にある。

 

いや。自分の中にしかない!! 

 

 

静寂の中で、自分自身に問う。

 

感じとるには、死んだような無感覚の状態から

みずみずしい感性を取り戻す必要がある。 

 

答えが即、出る出ないにかかわらず、

そこに向かうプロセスは、とても豊かな時間だとわたしは思う。

 

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