いのちよおどれ。

あらたな視点を人生に取り入れる 透明な星よみをやっています。

感性は教えられるのか?

 

かつて 美術を学んでいました。 

 

他の人よりもちょっと抜きんでてるものを

自分なりに見ていったときに

どれもこれも 本当に自信がなく

 

わたしには 感性しか残らなかったのです。 

 

 

絵の技術は ほんとうにお粗末なものでしたが

アートの世界に触れるのは だいすきでした。

 

  

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実は 建築家に憧れてたのだけど

 

どう考えても 理系のアタマは持ち合わせてなくて

わたしは空間デザインを学ぶことにしました。 

 

 

才能も それほどパッとせず

まじめな学生でもありませんでした。

 

 

空間と光の関係性がすきで

照明器具のメーカーに就職しました。 

 

 

研究室の先生に 念のため美術教員の免許を

とっておいたらどうだと薦められたとき

わたしは 先生にたずねたのです。

 

 

先生。すごく生意気な質問かもしれませんが 

美術って 教えられるものなんでしょうか? 

 

技術的なものは 教えられたとしても

センスを教えることなんて 

実際は できないんじゃないでしょうか?

 

 

研究室の先生が言ったことは 今でも覚えている。

 

 

僕らの役割はね。

 

こんなに美しい世界があるのだと

可能性の扉を できるだけたくさん

示してやることなんだ。 

 

 

限られた時間の中で ほんの入口しか紹介できないけど

それぞれの扉の向こうに 奥深い世界が広がっている。

 

扉を開けてみて どの道を歩むかを

決めて歩んでいくのは 本人にしかできない。 

 

途中で引き返すかもしれないし

道を違える者もいるかもしれないけど

 

その出逢いの質を高めること

扉の向こうの豊かさを どこまで伝えられるかが

少し先に生きている 僕らの仕事なんだよ。

 

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その先生は とにかく本物に触れろと言い続けた人だった。

うるさいくらいに。

 

 

あそこのホテルラウンジにはデザイナーの椅子があるから

見るだけじゃなくて ちゃんと座ってこい。

 

あの建築物は見ておいたほうがいい。

あの寺にはもう行ったのか。

 

自分の足を運べ!

自分の目で見てこい!

ちゃんと触れて感じろ!

 

 

本物を見ずに語るな!

 

 

結局 教員免許は取らなかったけど

先に生きているから「先生」という話に

わたしは感動した。

 

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先生は 中国の山岳地帯に住む 

少数民族のライフスタイルも研究していて

何度も現地に足を運ぶ姿は説得力があった。

 

 

感性をはぐくむのは 

たしかに自分なんだけど  

 

指南してくれる人との出逢いは

やっぱり大切だと いま改めて思う。 

 

 

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