いのちよおどれ。

あらたな視点を人生に取り入れる 透明な星よみをやっています。

癒しには終わりがある。

 

ほんの1年ほど前まで 

 

癒しは一生つづくもの 

 

という世界に わたしは住んでいた。 

 

 

でも、今 しみじみと思う。 

 

癒しは終わるんだなぁ…と。 

 

 

先日 ひょんなことから

 

火打石(ひうちいし)の話になって

 

無事を願って送り出したいから

火打石が欲しいという友人の話を聞いて

 

わたしも ふと思い出した。 

 

 

うちの両親は どういうわけか 

 

人生の わりと早い時期に

突然 何も言わずに 逝ってしまって

 

以来、愛する人との別れに

ずっと怯えつづけていたわたしがいる。

 

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当たり前のように

ずっとそばにいてくれるものだと

疑いもしなかった家族も

 

もちろんわたしだって 

人はみな いつか必ず死ぬんだけれども 

 

それでも わたしは 

ただただ もっと一緒に居たかったんだ。 

  

 

幼いわたしには 

とてもじゃないけど受け止めきれず 

 

当時は麻痺させる以外に 

扱い方を知らなかった

圧倒的な哀しみと ぶつけようのない憤り

 

押し込めたからといって なくなったわけではなく

繰り返し 形を変えては噴き出していたけれど 

 

 

ずいぶん長い時間はかかったものの

 

ふと気がつくと あの痛みは

わたしの内側のどこを探しても

もう存在しないのです。

 

 

  

折しも 父が作った彫刻が

出品されている展覧会に行ってきた。

 

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父も、亡くなって20年経った今になって

なぜか展示の依頼がつづき

改めて 父の作品をまじまじとみる。 

 

 

わたしの記憶の中の父は

とても激しい人だったけど 

 

父の作品の人物はみな とても自然だ。

 

なんの演出も付け加えない

ドラマやストーリーもない

ごくふつうの「人」を描写している。

 

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塑像という粘土で成型する彫刻が

父の専門だったのだけど 

  

作品搬入のために来てくださった

父の教え子だった作家さんが話してくれた。 

  

 

先生はいつも、容赦なかったです。

 

学生たちがひととおり塑像したあと

先生が 出刃包丁を手に

アトリエに入ってくるんです。 

 

うわーきた!

またごっそり削られるなーって思うんです。

 

でも、余分な粘土を先生に削られたら

ぐっといいフォルムになるんですよねー

 

悔しいけど

あの手さばきは 

すごかったなぁ。 

 

 

出刃包丁、ですか?

あぁ うちの父らしいなぁ

目に浮かぶ(笑)

 

 

父のものづくりに対する思いは

すさまじいものだったから 

 

家族も吹き飛ばされそうになるほどの

異常なまでの激しさをはらんでいて  

 

 

ものをつくるとは 

 

こんなにも鬼気迫るものなのだろうかと

子どもながらに不思議に思いながらも

 

 

同時に あの大きな手から

なにかが生み出されるさまに

どうしようもなく尊敬していた自分が存在することも

今ならよくわかる。

    

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悔しいけど すごかったなぁ 

 

 

余計なあれこれをくっつけずに 

素直にそう言えるようになった

自分の変化に また驚く。 

 

 

 わたしは あのひとの娘だ。

それはどうしたって 変わらない。 

 

 

自分の根っこを受け入れてしまえば 

そこから先は 創造の世界しかない。

 

 

わたしは いったいなにを

ジタバタもがいていたんだろうと

不思議になるくらい。

 

 

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父のふるさとの田園風景に 

彼岸花がよく似合う。

 

 

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